[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
詳細はまた追加するでござる
よろしくまんじゅうでござる!
・という金魚パロディ
・佐助の家は真田の庭の池
>>>
水から出ると人になる金魚がいるらしいと聞いて、幸村はもうこの三日で五匹も金魚を日干しにした。
見事に、五匹とも死んだ。
そうなるとさすがに無頓着に六匹目に手をつけるのはためらわれて、何か供物だの手順だのがあるのかと家人に聞いて、凶行が発覚した。
「そういう金魚は違うんです」
散々叱られて懇々と諭されたうえ、半紙に二度と金魚は飼いませんとまで書かされた。
「お寺まで供養に行ってらっしゃい」
一郎居士、二郎居士、三郎居士、と戒名を付けられた金魚たちの弔い銭を持たされて屋敷を叩き出された。
「生き物を大事にできないような子は、真田にはいりません」
叩き出される前、そう言われたけれど、幸村は、全然違うと思った。大事にしようと思って、水から出したのだ。もし人になって話ができれば、もっといろんなことをしてやれるし、あんな鉢の中じゃなくてもっといろんなところへ連れて行ってやれる。もっと大事にしようとして、水から出してやったのだ。でも、ちがう、と思ったけれど、幸村は何にも言えなくて、しょんぼりと寺への道を歩き出した。
金魚は死んでしまった。
五匹とも、幸村の大事にしていた金魚だったのだ。
幸村のせいだ。
そう思うと悲しくて、情けなくて、足取りは重くなった。懐で紙包みの銭子がちゃりちゃりと音を立てる。後悔というのを、じんわりと感じた。
かわいがっていたのだ。
病気になったら塩水も作ってやったし、鉢の底に石で城を造ったり、藻で輪っかを作ってやったりもした。餌だってけんかをしないようにちゃんとあげていたのに、幸村が、死なせてしまった。
ぎゅうっと唇を噛んだ。
初めて殺した。
道すがら、腹の銭が重くて、目の前がずうっと暗かった。
「金魚……」
思っていたら、人にぶつかった。
「あ」
人、と思った。
腹の中で、じゃらん、と揺れる音がして、幸村は相手の顔を見上げた。
髪の毛。
ふわっと風に浮いた一瞬、根元が赤かった。
「──どけって!」
「あ」
眉を寄せた。
なんだ、これは。
なんだ、と思って、手を伸ばした。
逃げていく。出会い頭に辻でぶつかって、一瞬見えた、赤。
「あ──」
幸村は手を伸ばした。
なぜかその手は、掴める気がした。
「──熱い!」
肌が、とろけるように冷たくて、掴んだ手のひらに、沁みた。
「わ」
気持ちいい。
「──坊主、そのまま掴んどけ」
ぎゅうっと力を込めた瞬間、何かが目の端を横切った。
夢のPP加工だよ!
でもうちがデータ作ったので、正直不安でござる…
PDF? psd? (´・ω・`)<ワオ
再録は「トラスト」と「トラストトラスト」です。
書き下ろしは21ページ。
「トラストトラスト」の続きです。
表紙の絵は、鳥です。
>>>
結局、一番早く馴染んだのは幸村だった。
「小太郎殿っ」
エンジンの音を聞きつけて、幸村が飛び上がる。ぱちぱちと小さな砂利を跳ねながら、白いトラックが前庭の松をくぐる。
「おかえりでござるっ! 小太郎殿! 今日のごはんは何でござるか!?」
ここに三日いただけで、幸村はあっさり餌付けされてしまった。
「お手伝いするでござる!」
軽いブレーキの音で小太郎のトラックが玄関先に停まる。
朝から姿が見えないと思ったら、港に出ていたらしい。
年季の入ったトロ箱にいっぱいの魚が盛り上がっている。青魚の背が快晴の日に光る。
おいしそうな魚だ。しっぽの先までぴんと尖って、かっこいい。
「今日はおさしみかなあ」
飛び跳ねる幸村を肩越しに見送って、佐助は麦わら帽子をかぶり直す。
「あっ、かもねー。後でわさび買ってこよっか、わさび」
「あー、いいねー。昨日毛利さんめちゃくちゃ使ってたしな……。なんかもうあの人しょうゆ緑だったんじゃね?」
「うっそー。環境にやさしくないねー」
「いやそれ環境関係なくね……」
もう、なんだか、ぼんやりする。
炎天下、佐助は慶次と二人、さっきから延々あじの開きをひっくり返している。
ベッドみたいな大きさの網に三枚、裏返し終わるまでに自分たちの方がからっからになりそうだ。
「おれさまもう干物作りは飽きたかも……」
「うーん……」
慶次も生乾きのあじをぶら下げて唸っている。
「普通干物ってあんま夏には作んないんだけどねえ」
「あ、そうなの?」
「だって腐っちゃうじゃん。まつねえちゃんが言ってたけど、干物は熱じゃなくて風で乾かすんだって」
「へええ」
「暑かったら乾く前に焼けちゃうだろ。ほっといたら腐るよ。蝿とか寄って来ちゃうしね。この辺海近いし潮風で避けてくれると思うけどさ」
「へえええ」
「っていうか夏はやっぱ干物よりおさしみだよねー。たたきとかおいしい」
「へええ……あー、おれさまもうだめ」
佐助はころんと芝生にひっくり返った。
「暑い。死ぬ。潮風痛い。もうだめ。焼ける。死ぬ。ギブ」
佐助は芝生の上をころころと日陰まで逃げる。Tシャツの背中を芝生の先がちくちくと刺す。火照った腕に草の冷たさが気持ちいい。
「慶ちゃん、あとよろしくーう」
「えー、もうちょいがんばろうよ佐助ー」
「ごめーん、おれさま戦線離脱ー」
「薄情者ー!」
佐助は藤棚の下を目指して転がる。遠ざかる佐助の背に慶次が舌を出した。
「はー……」
自分の息が熱いのか冷たいのかもわからない。
「気持ちい……」
辿り着いた日陰の芝に頬をつけて、佐助はようやく一息ついた。汗ばんだTシャツの背を風が吹き抜ける。藤棚一つのことだけれども、まるで別世界のように涼しい。
「慶ちゃんも早く来なって。あじもうあとちょっとでしょー」
「佐助が手伝ってくれればねー」
いー、と慶次が歯をむいた。
「慶ちゃん、不細工」
「労働は美徳だよ」
「いやいや、そうですけどーお。っていうかそもそもおれらなんで労働してんの? おれらここに遊びに来たんじゃなかったっけ? なんか毎日ごはん食べさしてもらってごまかされてる気がすんだけど、なんか、こき使われてね?」
うーん、と慶次が首をかしげた。
へらっと笑う。
「……ばれた?」
真っ青な空をかもめが横切る。真夏の昼の光。目に映るものすべてが明るく輝いて見える。その中で麦わら帽子の慶次が笑った。
「実はさー、じいちゃん手伝う代わりに宿代負けてもらっててさーあ」
「はああああああ!?」
ごっめーん、とあじを片手に慶次が笑う。
思わず飛び上がる。
「なんだってええええええ」
そんなの、信じない。
「海は!? ビキニは!? おっぱい見に行かないの!?」
「おれ的にはそういうのは想像で補ってほしいです」
「ちょっとおおおおおおお」
そんなの絶対信じない。
佐助は夏の浜辺へやってきたのだ。
青い海、白い砂、輝く太陽、はしゃいで笑う乙女たち。夢にまで見た一夏の楽園。
佐助はそのためにここへやってきた。
「うそだろおおおおおおお」
佐助の声を聞きつけて、裏の倉庫から元親が顔を覗かせた。
「何やってんだおまえら」
いやあ、と慶次が元親を振り返る。
「ほら、ちかちゃん、このあじのぷりぷりなとことか、かわいくね?」
「……なに言ってんだおまえ。あじよりかつおの方がいいに決まってんだろ」
「どっちでもいいし!」
佐助は悲鳴を上げた。
「おれ海行く!」
海へ行っておっぱい見て焼きそば食べておしりとか見てまったりして暮らすのだ。
そうでなければ乾いた心は癒されない。
このままでは満たされない思いのまま、佐助は切ない干物になってしまう。
「そんなのやだ! さいならっ!」
ぴゃっときびすを返した佐助の前に、音もなく黒い影が差す。
「──させるかよ」
黒い眼帯の男は、くわえ煙草のまま、佐助に向けてホースの先をしぼった。
「テイク・ダット・ユウ」
青いチューブから水が噴き出す。
瞬間、少し、その唇が笑ったような気がした。「一番東」副読本みたいな感じです。
サイトの「泥より黄金光り、」とかの前とかっぽいです。
あらすじ
近頃世間では織田が非常に跳梁跋扈しております。
甲賀のある近江は毎度毎度織田に迷惑しておりました。
よって甲賀は佐助たち戦忍を甲斐につけることにしました。
「いつか織田を倒すお手伝いをしてくるのじゃ!」
甲斐に希望を託す甲賀…そんで迎えに行って来いって言われた昌幸…留守番してる弁丸…
だいたいそんな感じです。
山のような捏造が無限にぎゅうぎゅう☆ なので、苦手な方はご注意ください。
主な捏造
・とうちゃん昌幸
・甲賀の仲間たち
・真田の人たち
・幸村の実母はどっかのお姫様
・を昌幸とうちゃんが引っさらってきました
・そんで幸村誕生
・佐助の父親は尾張 母親は近江
・闇はだいたい尾張産 闇はだいたい白髪
みたいな感じです。
特にR18もなければ負傷等もないですが、あまりに捏造なので、その辺よろしくまんうじゅうでござる。
ちなみにゆきむらとさすけは作中出会いません。
すんません。
あと作中「 しめじにまいたけ、くりたけ、つきよたけ。佐助たちでもおいしいと知っているものばかりだった。 」という一文がありますが、 「つきよたけ」は有毒です。
「 だって弁丸様、きのこ取らせたら、ほんとに上手に毒きのこ混ぜて取ってくるんですもん」の弁丸様をばかにできません。
てへ☆
>>>>
朝のうちに西から鳥が飛んできて、今日にも戻ると告げたので、上田の屋敷は大わらわだった。
「鶏を絞めよ、鶏、鶏」
「鯉は食えるか。池で泥抜きしておいたろう、大きいのはいるか」
「小さいのは鮒だ。間違えるなよ! 豆は戻っとるか豆は」
「あー、芋、芋」
皆が皆でてんでばらばらに夕飯の準備をしようとしていて、厨は妙にがらんとしたり、急にぎゅうぎゅう詰めになったり、いつにない混乱を繰り返していた。
「炭、炭、薪、薪」
「あっ、火が消えておるではないか! 参ったな!」
火、水、とあまごを提げた男や、生米のざるを抱えた女がおろおろと出入りする。
「ますの筋子抜いたか。しょうゆ漬けがあっただろう。飯にのせろよ」
「塩? 塩か! 塩!」
「串! 串寄越せ串! 鮎用じゃないぞ!」
「浴場も用意しておけ。そうだ寝場所は決めたか、枕はあるか?」
「あ、明日の洗濯どうしましょうねえ。竿足りるかしら」
「ああ、そういえば物干し竿はさっき柿取りに行ったやつらが持ってたぞ」
「そりゃ一大事だ! あいつらに触られては無事に戻ってこんぞ! 予備を出せ予備を!」
わあわあとみんなが浮き足立って集まって、厨で言っても詮ないことまで相談している。
「なあ、おれも手伝うぞ」
そう言って一遍目ははいはいといなされ、二遍目は部屋に戻るように諭された。
「なあ!」
いい加減ぶすくれて、炭を積んでいた男の袖を引くと、男はひょいと外を覗いて日の具合を確かめた。
「ん、まだ間に合いますね」
それでようやく自分にも用事ができると思ったら、弁丸は両手に手鍬と籠を持たされて、お願いしますと外に出された。
「な、なんだこれは!」
男は黒くなった手で顔を拭いながら、にかっと笑った。
「山芋掘ってきてください、三本」
それを聞いて、弁丸はしおしおと力を失った。
「山芋は苦手でござる……」
「そこをなんとか」
「なんともならぬ……」
「なりますって」
男は炭俵を解いて中を開けている。煤がきらきらと射し込む光に舞う。
「きのこではだめか」
「だめです」
とりつく島もない。男は弁丸が山芋掘りが苦手なのを知っているのだ。里芋や甘藷ならともかく、山の芋は折れる。力任せに引き抜くことができないのに弁丸は焦れてしまう。黙々と山土に向かい合っているのはどうも苦手だ。
「だって弁丸様、きのこ取らせたら、ほんとに上手に毒きのこ混ぜて取ってくるんですもん。こんな忙しい時にあれだけ巧妙に仕込まれたのしっかり仕分けられるわけないでしょ。死んじゃいますよ。おだぶつです」
「ならまつたけだけ探す……」
「あんたどんだけ山奥まで行く気ですか」
弁丸があれなら間違わぬとごねるのに、男はかちかちと炭を鳴らして追い払った。
「山芋三本! 裏山に蔓出てますから! おやつ時には帰って来てくださいね!」
「三本も取れぬうううう」
「そこをなんとか」
「ならぬうう」
うう、と弁丸が唸っているのをかわいそうに思ったのか、厨の女が焼き餅に味噌をつけてくるんでくれた。
「い、行きたくない……」
けれどもそこまでされて尚ぐずぐず言っていられるほど弁丸も情けない男ではない。
「行ってくるでござる……」
しょんぼりと厨の戸をくぐるのを、男が真っ黒な手のひらを振って見送った。
今日、父が西から帰ってくる。
・真田さんと猿飛さんは任されたお城を退いて逃げることになりました
・ので猿飛さんは真田さんをとても心配してお互いに化けて逃げることにしました
・よって本文中のビジュアルは「真飛佐助」と「猿田幸村」です
・ゆきさ
・後編の「待燕」を次のイベントで出す予定です(完結)
ちなみに、書いてる途中ではっと我に返って、「別にお互いに化けなくていいんじゃね…?」と思いましたが、そこは…しょうがない…
一番安全に逃げるんなら、全然ふつうの一般市民に化ければいいよね…と気がついた…
はっ、そういえば。まじでか。
佐助あほのこですやん! まじめっぽく言ったのに!
ということがありました。
残念です。(完)
>>>
たのもう、と正面の木戸が叩かれた時、家中の者は皆遅い夕食の時間だった。
「──たのもう! お頼み申す!」
外は雨が降っていた。昼間ではよく晴れていたのが、夕方の風を聞く時分からにわかに掻き曇り、そうかと思うとつぶてのような雨が降った。店先の板屋根にもはぜるような音で降りしきり、前の道はたちまち赤土の川のようになった。
「たのもう!」
その声のしたのは、そうして駆け込みの客の片付いた後、降り出してずいぶん経ってからだった。
「千加、お千加」
「はあいー」
「表、開けてきてやっておくれ。峠を越え遅れたお客さんだろう。代えの着物と、足洗を持っていっておくれ」
はあいー、と帳場の横の控えから足音が立つ。もうここに勤め始めて二年になる。千加は気働きの利くいい子だ。次の藪入りには何を持たせてやろうかと思いながら、与兵衛は膳に箸を置いた。
「ごちそうさま。表を見てくるよ」
「はいはい」
空いた椀を片付けながら、妻が厨の方を見た。
「ともかく餅でも焼かせてきますね。お酒もつけておいた方がいいでしょうか」
「ばかだねおまえ、それよりきっとお風呂だよ」
人数の多い店でもない。脇に外しておいた前掛けを着けて、与兵衛は襖を開けた。むっとするほど濃い雨が匂う。これは明日しっかり磨いておかなければあちこち青くなってしまうだろう。きつい夕立だ、と独りごちて、与兵衛は主の顔を作った。
雨の音がする。
「ご主人……」
ごうごうと響くほど降っていた。
白だ。
戸口の向こう、表は真っ白な雨が降っていた。
「それがし……」
「はいはい、わたくし諏訪屋主人の与兵衛と申します」
足許に吹き込む。表を開けた拍子に浴びたのか、千加の着物がまだらに濡れていた。
「これは大変なお天気でございました。お侍様、お泊まりでよろしゅうございますね。今日はもうこれ以上行かれることもございませんでしょう」
「ああ……」
「……お二人ですか?」
そう聞いた自分に驚いた。
「そうだ、二人だ」
それでようやく、与兵衛は影の二人あることに気づいた。
「構わぬか、ご主人」
傾けた笠の端から雨が落ちる。軒から顔を突き出して、侍は与兵衛の顔を向いた。
「すまぬな」
人懐っこく笑ってそう言って、侍は戸口をくぐった。骨張った手が、したたる髪の水を切る。
「……赤毛なんですねえ」
与兵衛は笠を受け取りながら、ぼんやりと口にした。
「ああ」
子犬のように体を震う。手拭いを差し出したまま、千加が袖でしぶきを防いだ。
「これ、千加手拭いを……」
その時、横からふうっと影が差した。
「あんた、それじゃ乾かないから」
ごめんね、と後ろから抜けるように男が手を伸ばした。
「それちょうだい」
外した笠の下から、後ろ髪の一筋長いのが蛇のように見えた。
「ありがと」
何をするでもなく、取り上げた手拭いの代わりに千加の手に笠を掛ける。ただそれだけのことが手品のようにするすると進む。男の通り過ぎた戸口は、いつの間にか閉ざされて、雨の音はもう遠くのことのように聞こえた。
「部屋、どこが空いてる?」
それが自分に向けられた言葉だと一瞬気がつかなかった。
「ご主人?」
は、と思わず声が出た。
「あ、ああ、一番奥ですがよろしいでしょうか。あの、二階の奥なのですが」
「構わないよ。ねえ、こんな時分に来たおれらが悪いんだし……ごはんだったんでしょ?」
「え、いえ、そんなことは」
「ごめんね、邪魔して」
千加はぱちぱちと瞬きをして、赤毛の侍を見ていた。侍もその視線に気づいたのか、何を言うでもなく、じっと千加を見つめている。まだ小柄な千加はすっかり見下ろされるような体になって、目をまんまるにしている。
「あの、お侍様、お着替え、あの、あと足洗も……」
泥、と千加は妙に緊張した顔で、上がりの籠を指さした。
「ああ。これでは上げてもらえぬな」
赤毛の侍は泥を吸った草鞋を見て笑った。脚絆に括りつけた紐まで黒い。土間には二人の足許に雨の染みができていた。
「着替えるか、さす──」
け、と名を呼んで、侍はなぜかうろたえた気配を出した。
「い、いや、だ──旦那か?」
「なんでもいいよ、もう」
あきれたようにため息をついて、もう一人が長い髪を払った。
「着替えは後でいいや。悪いけど、このまま体拭いて、先にお風呂もらってもいいかな?」
とろりと、声に質感があるのだとしたら、とろりと、その声は与兵衛の耳に忍び込んだ。
「ごはんは部屋入れてもらってていいかな。お風呂上がってそのまま着替えて行くから、戸のところに着物置いといてくれる?」
手拭いの白が男の顔を隠す。特段伏せているわけでもない顔の、その印象をちらちらと蝶のように動く白が邪魔をする。袖を拭き、衿を直して、脚絆を解く指が白い。
「行こうか」
気がついた時には、男は框を上がって与兵衛を見下ろしていた。腰に帯びた黒鞘がしずくを垂らしている。帯刀だ、と与兵衛は僅か緊張した。
「奥?」
「あっ、あたしご案内します!」
「そ、ありがと」
笑った、その顔に、魅入られた。
「先行くね」
こちらです、と千加の導く先に足音の遠ざかるのを見送って、与兵衛は不思議なものを見たような心地になった。笑うはずのないものが笑ったような、動くはずのないものが、己に口を利いてくれたような。
「お連れ様、おきれいな方ですな」
まだ侍はもたもたと袴の裾を絞っている。
「きれい? 何がでござる」
「いや、なにとも言えませんが」
器用そうな指をしているのに、脚絆の紐も半ばで解きかけておいてあるのが、なんとなくおもしろかった。しきりにずれ落ちるのを直す、背に負った長包みも中は刀であるらしい。先の侍といい、荷物の少ない連れだと思った。
「脚絆が取りにくいご様子。お手伝いいたしましょうか?」
「いや、さには及ばぬ!」
「でもなんだかずいぶんお手間取りのご様子じゃありませんか。きっと雨で紐が締まってしまっているんですよ。手も冷えているでしょうし」
「いや、できる!」
そう言うと、赤毛の侍は辛抱が切れたのか、脚絆ごと無理矢理草鞋を足から抜いた。
「それはまたなかなか……」
「残りは風呂でもいただいて落ち着いてから部屋でする!」
乱暴に手足を拭って框を上がる。
「風呂場は奥でござったな!」
さようで、と言いながら、与兵衛は一瞬剥き出しになった男の脛に目を取られた。
「今日はもう続きのお客様もおられないでしょうから、お二人でごゆっくりお浸かりください」
「かたじけない!」
袖口から雫を落としながら、体つきの割に重心の低い足取りで男が廊下の角に消える。
それを見送って、与兵衛は、刀傷だな、と思った。
結局二人とも差料を預けなかった。
「いと、いと」
奥に向かって妻の名を呼びながら、与兵衛は今日は子供を奥の間に寝かせようと思った。