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関ヶ原の後、大坂の陣が来ないまま、正月を迎えねばならない真田主従の話

幸佐・R18


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 雨が降っている。

 障子を少し開けて、佐助は格子の向こうに雨の往来を見下ろしていた。

「何かいるか」

「別になんもいないけど」

 冬の雨は音もなく降る。

 上田を出てから十日が経ち、何とはなしに京の都に着いた。

「おもしろいのか」

「うん」

 幸村は退屈だ。

 この世のどこへ行ったって、ほんとうに何もすることがない。

「みんな傘差してる」

 ほんのりと射し込む光に、幸村は目を細めた。

「都は雪が降らぬのだな」

 そうね、という佐助の声を、幸村は上の空で聞いた。

 徳川から、年始を江戸でどうか、という使いが来たのは秋の話だった。

 関ヶ原が済んで、大坂の陣が来ないうちに、うやむやに天下は江戸に納まった。勝敗ではなかった。勝敗でも策略でもなく、ほんとうに、何となく、江戸に納まった。

 承服出来ぬ、と吼える機会すらないまま、終わった。

「参られぬ」

 返礼も書かず、それだけ告げて使者を帰らせた。

 石田と徳川とで戦列を組んで挟むなら、真田攻めくらい、雪が降るまでには充分終わらせられるだろう。けれども徳川はもう兵を立てないような気がしていた。

 使者の男は、非礼の返答にも髪一筋動揺の気配を見せずに、真田の領を発った。

「あれは誰だ」

「服部」

 忍か、と幸村は男の名を聞いた。伊賀衆の筆頭者を寄越すとは、それなりに察すべしとのことなのだろう。冷めた茶を煽れば、渋みだけが口に残った。

「伊賀は徳川に入ったのか」

「みたいね」

 佐助は大したことでもなさそうに言う。

「甲賀はとうに向こうに付いてるし」

「結構なことだ」

 縁側の柱を背にして、佐助は何も言わない。

「おまえ、門で何か言われただろう。どうだと言われた」

 佐助は甲賀の出だ。

 聞かない振りで放っておいてやるのも酷な気がして、幸村は忍を見た。

「別に」

 佐助はふくれた顔をしている。

「言っておけ。後々家中の士気に関わる」

「おれさま裏切らないよ。っていうかそんな大袈裟なことじゃないし」

 佐助は来客に対して、最初から不愉快という風を隠さなかった。唐突に屋敷の門に現れた男は、武家の拵えはしていたけれども、あからさまに忍の者であろうというのがわかる出で立ちだった。気配が違う。

「……ここは真田の屋敷だけど?」

 表に出た佐助を見て、男は口の端を上げた。

「もちろん如何にも承知だが。その真田で甲賀者が門番とは」

 ふふ、と笑って、男は佐助に忍の声で囁いた。

「おまえ、捨てられたら拾ってやるから、徳川に来いって」

「寛大だな」

「むかつく」

 佐助が毛を逆立てて怒ったのを久し振りに見た。

「あいつ嫌い」

「だろうな」

 幸村は生気の失せた庭を見た。

 屋敷一円は、佐助の毒気に当てられて、地虫一匹姿を見せない。

「おまえが機嫌を直さねば、猫もねずみもよそに逃げたまま帰って来れぬ」

「おれさまのせいじゃねえし」

「おまえのせいではないか。まあ、ねずみは戻らぬでも構わぬが」

 面倒だな、と幸村は指で髪の尾を巻いた。

「家康殿は兵を出してはくださらなさそうだ」

 男の携えてきた文は、家康の直筆だった。返礼を書く紙がないゆえ受け取らぬと、さらさら口では言いながら、差し出された表書きの字に、些かばかりのなつかしさは感じた。あの男の字は、節が太くておもしろい。

 家康が幸村の気質を知っているように、幸村もまた家康の腹を知っている。

「佐助、何かよい言い訳を考えよ」

「はあ?」

 巻き付いた髪が冷たい。きりりと髪の芯が鳴る。

「どうせ江戸に呼びたかったのはおれだけではあるまい。年始の宴にでもかこつけて、絆だなんだと東西に分かれた者を和合させる気であろう。あの忍はおれの言ったことをそのまま伝えるだろう。あの御仁のこと、次は紙付きで誘いを寄越すぞ」

「うえ。またあいつ来んの?」

 佐助は心底嫌な顔をした。

「次は忠勝殿でも飛んでおいでになるやもしれんがな」

「ええ。庭に穴あくじゃん」

「池が出来るな」

「そんなのいらない……。また蛙増えるじゃん……。うるさくて寝れねえよ」

「まあ、忠勝殿がおいでになるとなればありがたい話だ」

 あのくろがねの大身と心ゆくまで勝負が出来るのなら、江戸の神君の元へ行ってやるのもやぶさかではない。

「しかしそうも行くまい。家康殿は、皆が何の取引も策略もなく集まったという風を装いたいのであろう。おれにだけ、忠勝殿と遊んでいただいた見返りに来てやったのだなどとは言わせるまい」

「絆ねえ」

 佐助は、ちっちっと舌を鳴らした。

 これは割にそういうものが嫌いなのだ。金品や血肉の担保のないものを信じない。形のないものなどいくら重ねても何にもならないのを知っている。つながることになど価値はない。いずれ崩れる日、心だけで何が出来ると言うのか。幸村も佐助も、祈りなどほしいと思ったことはない。

 祈りでは死ねぬ。

 そうだ、と佐助が声を上げた。

「旦那、どっか行こうよ」

 明るい顔をしていた。

「京都行こうよ。お正月いないって言っちゃえばいいじゃん」

「なにをわざわざ。上洛ごっこか」

「平和になったんだろ? なら誰が上洛しようと関係ない話でしょ」

 それとも、と佐助はそのままの顔で続けた。

「おれらが御上洛召したら何かどこかの誰かに不都合でも?」

「ないな」

 幸村も笑った。

「おまえの案に乗ろう」

 その日のうちに送った書き付けには、雪の頃になって、至極残念、道中安全、とだけ書かれた返事が届いた。その字がやっぱりおもしろくて、掛け軸代わりに床の間に引っかけて、二人して悠々、徒で出た。

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