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・みんなで海に行くよ!
・夏に出そうとしていたのでふつうに夏
・旅のお宿は北条のじいちゃん家
・北条家の宝 風魔小太郎在中
・そしてオリジナルキャラクターじいちゃんの先祖
・主な舞台はバス、トラック、じいちゃん家
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夏休みが来る。
幸せなシーズン。
光る肌、かわいいおしり、水着は絶対ビキニだと慶次は主張する。
「しかも首の後ろでひも結ぶのあるじゃん! あれ絶対最強!」
「あと腰の横んとこでひも結ぶやつな……。あれ女の水着の下ってなんて言うんだ? パンツ? ひもパンかあれ」
「ひ、ひもパン……?」
「あー! わかるー!」
あれいいよねー、と慶次が叫ぶ。
「ときめく! ときめく! たとえあれがほんものじゃなくてもね! ちょうときめく!」
「……ほんもの?」
幸村がうめく。
「旦那、女の子の水着ってわかる?」
ソファに寝転がって、佐助は幸村の背中を見る。
「ばかにするなっ」
幸村は最近床にござを敷いた上がお気に入りだ。ソファは夏の間佐助にくれるらしい。
「あ、そっか、幸村、長野海ないから水着見たことないんだ?」
「あー、夏の海は破廉恥だからな……。行ったことねえのもしょうがねえ」
幸村が震えている。
「慶次殿! 元親殿! 日本の屋根たる信州長野をばかにするとそれがし許さぬぞ!」
「だってよー」
元親はだるそうにうちわを動かす。
「海ねえんだろ」
信じらんねえ、と元親はうなった。
「おめえ、夏海行かねえで一体何して暮らすんだよ。暑ィわ腹減るわ、ひまだわむさくるしいわ、海がなかったらおれもうとっくに死んでたな。実家くせえんだよ。夏」
「あー、ちかちゃん家、男ばっかだもんね……」
「誰がちかちゃんだ。おまえはさっさと実家帰れニート」
慶次の椅子の脚を蹴る。
「ひどーい!」
「うっせえバカ。おまえ休みの度おれん家来んのやめろ。ていうかともかくよ、夏は海だぜ幸村」
む、と茶色い頭がござの上で姿勢を正す。
「山もまたいいものでござるぞ、元親殿。高原、牛乳、チーズにヨーグルト、川釣りに野鳥観察、飯盒炊爨、キャンプもできるでござる」
「わかってるわかってる。だけどな」
幸村の肩を抱く。
「考えてみろ幸村。夏のあっつい時期にだ。男と女が遊びに行くわけだ。もう太陽なんかカンカンでよ、元就が飛び跳ねて喜ぶようなむちゃ晴れなわけよ。わかっか?」
「む」
扇風機の風を浴びながら、佐助も飛び跳ねる元就を想像してみる。
「もう暑いわけよ。日向にいようが日陰にいようが関係ねえ。日傘も日焼け止めももうパーよ、パー。男どもは半袖焼け、女どもはキャーキャーキャーキャーうっせえわけよ。えー、焼けんのやだー、とかおまえ外に遊びに来た先で言われてみろ。どんだけテンション下がるかわかるか、ああ? んなもんおまえ一生車入っとけっつー話んなるだろ。何しに来てんだっつーよ」
「夏は日焼けするのが当たり前でござるからな」
「だろ?」
これが山の場合だ、と元親の声を佐助はいささか恣意的なものとして聞いた。壁際で扇風機がぷるぷるしている。
「でもよ、幸村。海の場合は違う」
ぐっと力がこもった。
「海は焼けに行くんだ」
なぜか慶次が力強く頷く。
「海に日陰なんかねえ。青い海、白い砂、照り返す太陽、どこもかしこも日輪だらけだ」
「それは暑そうでござる」
「だろ? 海は暑いっつーのは常識よ、最初っからわかってんだよ。だから女どもも多少焼けたところでぐちゃぐちゃ言わねえ。いや、むしろあれだな、慶次」
「日焼け止め」
何か二人の間で通じ合うものがあったらしい。
「日焼け止め?」
了解できていないのは幸村だけだ。
「もー、ユッキーってばーあ」
「誰がユッキーだ」
慶次は何かお兄さんぶりたいらしい。つれなく払われながらもめげない。こいつ絶対末っ子だな、と佐助はあくびをした。末っ子だか一人っ子だかしらないけれど、妙によその子をかわいがりたがるタイプだ。
「海の定番だろ、日焼け止め」
な、と話を振られて、佐助は面倒になって寝たふりをした。
「あ、てめ」
背中を小突かれる。それがなんとなく楽しくて、佐助はちょっと笑った。
「それで日焼け止めの何が定番なのでござる?」
長野の女の子は色白だもんなあ、と佐助は考える。新潟とか秋田とかもそうだって言うけど、なんだか雪国の子は日焼けなんかしない気がする。ていうかそもそも農協に布付きの麦わら帽子は売っていても、日焼け止めはないような気もする。なんだかよくわからないが、幸村の実家の辺りの農協は、気合だ! の一言で大抵のことを片付けてしまう。おかげさまで病院がなくても平気だとか言っているらしいが、それはそれでどうなのかな、と佐助は勝手に心配する。ともかく、そんな土地にまあ、日焼け止めはないだろう。
その間にも、慶次と元親の二人は、幸村に海と水着と日焼け止めのロマンをとうとうと幸村に言って聞かせている。
「こうさ、海で泳いだりすると日焼け止めが落ちちゃうわけ!」
「そうそうそう、そんでよ、やっぱ背中とか一人じゃうまく塗れねえだろ?」
「そうそう、むらになっちゃったりしてもだめだしね! きれいに塗るには誰か手伝ってあげなきゃだめなわけ!」
「ていうかあたし一人じゃ塗れない的なな!」
「あー! 塗れない的なね!」
「髪の毛とかもちょっと乾きかけでぱさっとしててよ、肩んとことか赤くなってんだよ」
「もう焼けちゃったよー、みたいなね!」
「そんであとになんないようにしてよとか言ってよ、水着のひもとか解くんだよ!」
「だめー! ちかちゃんだめええええ! 悪いことしちゃだめえええええ!」
「ちっげえよ、ちゃんと前は押さえてんだよ!」
「見ちゃだめよ! 見ちゃだめよかー! うわああああ、ちょうときめくー!」
「かー、やべえ、おれまじ速攻海行きてえ」
「わかるー! ちかちゃん、おれそれまじわかる!」
「だろー!」
二人でじたばたしている。
「沖縄とかじゃなくていいんだよ。なんかその辺のちょっとしみったれたとこでよ、周り湾みてえになっててよ、両側からこうちょっと岬みてえなのがせり出してて、その奥にこう、水平線が見えてよ、そこに時々船が通るんだわ、よくねえ」
「ちょういいー!」
「――そこでだ幸村!」
元親が右手を掴む。
「おまえが塗るんだ」
こくりと慶次が頷いた。
「この手で塗るんだ」
幸村はぽかんとしている。
「……なぜおれが」
「女の子が困ってるんだよ。しかもほかでもない、水着の女の子が」
「塗ってやれ幸村」
「そうだよ、塗ってあげなきゃ」
「そんな――」
佐助、とこんな時だけ助けを求められても困る。佐助はきゅっとまるくなってしらんぷりをした。
「おれさま知んなーい」
「さすけえっ」
「だっておれさまどうせ塗るなら日焼け止めよりオイルの方が好きだもん」
「オイル」
新しい選択肢に幸村は混乱しているらしい。
「オイル オイルとは何だ」
「あー、いいねー! オイルもちょういい!」
「おいおい、佐助おめえ渋いな」
「いいねいいね、真夏の夢だね! こう、ちょっと焼けて火照った肌にさ、乾いた砂粒とかがついててさ、オイルしたげる前に払ったげるんだよね。あれー、どしたの、こんなとこも砂ついちゃってるよー、みたいな!」
「こんなとこってどこだよ!」
「そんなのおれ言えないです!」
「言えないようなとこについてんのかよ! 慶次おまえどこにオイル垂らすつもりだよ!」
「キャー! ちかちゃん破廉恥!」
慶次が女子高生みたいな声を上げた。幸村が顔をしかめる。幸村は慶次のはしゃいだ声が苦手だ。
「ともかく幸村くん、そんな感じです!」
がんばって、ときらきらした目で幸村の手を取る。
「な、なにをがんばるのだ……」
幸村は完全にひいている。
「これは決して破廉恥行為ではありません」
「な」
「おれたちは何にも悪くないです。ただ純粋に女の子の真っ白な柔肌を守ってあげたい一心の勇気ある行動です」
佐助はごろりと寝返りを打った。暑い。
「けいちゃんあんたよっく言うよねー。んなわけないじゃん。下心まる出しじゃん」
ぺしっと慶次のうちわが佐助の額を叩く。
「佐助うるさい。あんたかすがちゃんいるじゃん」
「かすが殿」
「もう、慶次うっさい。んなの関係ねーよ。あいつがそんなんさしてくれるわけないじゃん」
「したいんでしょ」
「そりゃしてーよ」
「破廉恥」
慶次が笑った。
「幸村幸村、佐助あいつ破廉恥だよ」
「ちょっと慶次!」
思わず立ち上がった。
「旦那に変なこと吹き込むのやめてくれる」
「変なことじゃないもーん」
こういう時の慶次はむかつく。
「変なことじゃなきゃなんなんだよ」
ばか、とTシャツの肩を蹴る。
「痛いー。佐助のばかー。なんだよ、おれたち将来幸村がかわいい子に、ちょっとあなたわたくしに日焼け止めを塗ってくださらない? とか言われても困らないように教えてあげてるだけなのにさー」
「んなもん七百年生きてても言われねえよ」
「わっかんないじゃん。今年がその七百一年目かもよ」
「いいの。大体長野に海ないの。旦那はそんな破廉恥なとこ行きません」
「わっかんねえぞー。人生何があるかわかんねえからな」
「わかりますー。旦那いいこだもん」
ちぇっ、と元親が舌打ちをする。
「……むっつりすけべのくせによ」
ひどい。
元親も慶次もひどい。
そりゃ佐助だってしたいことはいっぱいある。けど、でも、がんばってるのに、我慢してるのに、なんだ、それは。
「おれさまむっつりじゃねーよ!」
佐助は叫んだ。
「おれだって塗りてーよ! すまない少し手伝ってくれないかとか言われてーよ! でもそんなん妄想百回したって起こりっこねーよ、まじねーよ!」
だんだん悲しくなってきた。
「おれだって海行ってちょうラブラブとかしてえよバカー!」
そうか、と元親が唸った。
「まじねえか……」
それは悲しいな、と幸村にまで哀れみの視線で見られて、佐助は叫んだ。
「滋賀県、海ねえよー!」